| 手のひらに収まるほどの小さなオカリナで、4千年もの歴史がある中国を堂々と流れ続ける大河・・・「黄河」を表現する宗次郎の音楽の旅(音楽の時間軸と表現したほうがよいであろうか)には、はじまりもなければ、終わりもないような錯覚に陥ることがよくある。それは人が一生を振り返ったときにふと気づくありきたりなひとつの真実・・・にも似たようなある種「せつない気持ち」をほのかに含んでいる。はじまりもなければ、終わりもないと表現したが、それは音楽のポピュラリティーの柱のなかで核をなすもの・・・「スピリット」とでも表現すればよいのだろうか、それが大きければ大きいほど、その感覚は密度を増していく。そして「大いなる自然」の歴史の中で生かされてきた「人間」の歴史は、これまでも、またこれからも「自然」を超えていくことはないであろう。
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